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あたらしいなぎなたの防具
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現代武道の「なぎなた」において、実際に打ち込みをする稽古や試合を行うためには、防具が必須です。特に大会参加の際は、競技規定に従う必要があります。詳細は、「新なぎなた教室」や、「見る・学ぶ・教える イラストなぎなた」などの全日本なぎなた連盟が発行している教本で確認する事が出来ます。
なぎなた競技規定
第1章試合競技第9条
1981年初版、2026年改訂版、全日本なぎなた連盟
服装は、白の稽古着に白の帯を締め、黒または紺の稽古袴を着用する
なぎなた競技規定
第1章試合競技第10条
1981年初版、2026年改訂版、全日本なぎなた連盟
防具は、なぎなた用の面・小手・胴・脛当を用いる。
防具の購入・使用は、他の服装と同じように、必ず道場の指導者の方とまずは相談してください。道場によってどの防具をどの時期から着けるかを指定していたり、安全上の確認の必要があったり、貸し出し・購入前の体験をしてくれる事もあります。
なぎなたモントリオールでは基本を大事にするために、4級程度で脛当・小手の使用を開始し、3級程度から全ての防具の使用を始めるようにしております。
防具の準備・装着・収納方法
なぎなた防具は、稽古の礼をする前に準備を整え、防具稽古をする時に素早く行い、稽古後にも手間取ることなく後片づけと手入れ、次回の稽古への準備を行う事が重要です。
準備
稽古開始前には、防具着装の準備を整えておく必要があります。
基本的に、防具を手に取ってすぐに装着できるような置き方を心がけましょう。また、脛当てを下から取ることで全ての防具を一度に持ち運べる状態が理想的です。
1. 道場の端で、道場の中心に向かって正座します。
2. 脛当の紐をほどき、右脛当を下、左脛当を上に、紐を二つの脛当の間に置きます。脛あての膝が手前に来るようにします。
3. 脛当の上に小手を置きます。奥が指に、手前が手首側になるよう、紐側は下にします。指は上に面を置いた時つぶれないように形を整えます。
4. 面を小手の上に置きます。頭頂部が奥に来るようにします。
5. 小手下手袋がある場合は、面の中に置きます。
6. 胴を面の向こう側にぴったりと置きます。この際、胴紐はほどいておき、絡まないように胴の内側の輪にかけるか、胴胸にかけるなどしておきます。
7. 垂の紐部分をほどき、垂を胴の向こう側にぴったりと置きます。紐は、面を囲うように一周回して、前で交差させ、余った部分を垂れの上部にひっかけます。
8. 手拭いを出し、面と垂れ紐の上に横向きにかけます(道場によっては面の中に入れる事になっている場合や、上に掛けるが横は見せずにしまう場合もありますので、出稽古などに行かれた際はお相手の道場の作法に合わせてください)。
装着
なぎなた防具を装着する際の順番は、垂、胴、脛当、手拭い、面、(小手下手袋、)小手の順になります。初心者で全ての防具が無い場合や、特定部位の稽古をする際に一部だけをつける事があっても、基本的には、この順番に座った状態で装着します。
この装着順番についての理由は教本等にも明確には示されていませんが、現代武道においては、一人で座った状態で装着するのに適しているため、道具を粗末に扱わず長持ちさせるため、立ったまま装着するのは礼儀に欠けるため、などの理由がよくあげられます。
尚、昔の侍が実際の甲冑装備をする際は、自分だけで装着するのではなく、何人かが手伝って立ったままで行う事が多かったと言われ、臑当(すねあて)、佩楯(きゃはん=垂)、満智羅(まんちら=肩の小具足)、籠手(小手)、袖、胴、兜、上帯という装着順が一般的だった ため、現代なぎなたの防具装着順とは一致しません。
なぎなたでは、全ての防具を着けるのに3~5分を目安にする事が標準的です。素早く、かつ安全性を大事にして丁寧に、また稽古中に着けなおしの必要が出来るだけ出ないように装着する事で、無駄な時間を省いて、皆がお稽古に集中する事が出来ます。また、審査会では、通常防具無しの審査から始まって、その後に防具装着の指示が出ます。その際の手際の良さは、審査自体には直接含まれていなくても、審査員の方や他の受験者へ与える印象は大きく変わります。
繰り返し防具を装着・収納することで、急がなくても自然と無駄な動きを省けるようになり、落ち着いて稽古に望めるようになりますので、慣れるまで何度も練習してください。
防具の装着方法は、それぞれの詳細項目を参照してください。
1. 垂
2. 胴
3. 脛当
4. 手拭い
5. 面
6. 小手下手袋
7. 小手
収納
稽古の後、全ての防具を外したら、 持ち運び用に一つにまとめる必要があります。
最近では、一つには纏めずに、防具袋にそれぞれ入れるだけ、という方もいらっしゃいますが、防具袋に入れるにしても、さっとまとめて全てを取り出せるのは便利ですので、方法は覚えておきましょう。ひとまとまりにしておけば、道場のロッカーや棚などに防具を置いておける時も、後の整理整頓や他の方が取り違えた時などでも崩れにくくなります。
手順や細かい結び方が変わる場合もありますので、道場の方針に合わせて、自分のやり方を見つけてください。どの方法を取るにしても、防具が傷まないような収納をする事が大事です。
一つに纏める方法の例
1. 面紐は中に入れるか、面垂れを面金側にまとめて面紐で面を結びます。
2. 脛当を、竹を中にして合わせて、左右の紐で上下それぞれ結びます。
3. 胴垂れの表側と胴の表側を合わせて、上側の胴紐で胴垂れと一緒に十文字に結わえて、胴の内側の中輪に通してから結びます。
4. #2の脛当を胴の内側に当てます。
5. 垂れの脇紐を胴胸の小胸にたすき掛けて、脛当をまとめて結びます。
6. #1の面を胴の中に入れ、小手をその左右に配置し、その上から下側の胴紐でまとめて結びます。
背負う形の防具袋に、防具を一つずつ入れる方法の例
1. 脛当を防具袋の背中が当たる側に入れます。竹を中にして合わせるか、竹が背中側に当たらないようにします。 2. 胴垂れの垂れ紐は、中央の大垂れを使って纏めるか、帯止めで巻いて纏めます。垂帯側を下にして、防具袋の背中が当たらない側に入れます。 3. 胴の胴紐は、中輪を使って中で絡まないようにします。胴は出来れば胴カバーを使います。胴を防具袋の胴垂れの内側に入れます。 4. 防具袋内にクッションとなるタオルや未使用の手拭いなどを敷きます。 5. 面紐は中に入れるか、面垂れを面金側にまとめて面紐で面を結びます。面は面布団を下にして防具袋に入れます。防具袋の形によっては面布団を下にすると、突き垂れが上部に入りづらかったりしますので、少し斜めにするなどの調整が必要になります。このとき、面金が底に直接ついてしまう事は出来るだけ避けましょう。 6. 小手を出来れば小さい小手袋に入れます。面の上 か、空間が無ければ面の中に入れます。
手拭いや小手下手袋など、汗を多分に含んだ道具は、防具とは別の場所に入れて持ち帰るのがいいでしょう。
また、家に着いたら一度全ての防具をほどき、きちんと乾燥させるなどの手入れを行う事で、防具の寿命を延ばす事が出来ます。手入れが終わったらまた防具袋に丁寧にしまいましょう。
防具の歴 史
現代なぎなたの防具は、基本的に脛当以外は剣道の防具に準じているため、主に剣道具の歴史をたどる必要があります。すべてが確実に立証されているわけではありませんが、代表的な記録をたどると、以下のようになります。
安土桃山時代(1573年~1603年)
新陰流(上泉信綱)などの一部の剣術流派では、袋竹刀(一本の竹を複数に縦割りして袋状の革をかぶせ縫い合わせた武具)が使われていたともされますが、一般には普及していませんでした。袋竹刀は、韜と書かれたり、別名では蟇肌竹刀(ひきはだしない)とも呼ばれていました。
この時代には、竹刀や木刀から身を守る道具は、まだ稽古には使用されていなかったと思われます。
日本剣豪譚(幕末編) P.13
1991年、著:戸部新十郎
当時稽古は木剣を持って師に形を学び、仕合(しあい)となれば木剣、または真剣で立ち合った。これでは生死を賭けた果し合いのようなもので、じっさい仕合で命を落とす記録が少なくない。伊勢守はこうした無益な死傷をなくそうとしたのだが、稽古法自体にも有用だった点は、後世の首唱者の意見に変わらない。 (...) 伊勢守一門はみな撓(シナイ)をたずさえて、廻国修行に出かけた。
江戸時代中期(1600年代)
この時期の剣術はまだ木刀稽古が主で、形をする以外にも実際に打ち込む試合形式となると、怪我が絶えませんでした。
延宝年間(1673~1681年)
直心正統流の高橋重治が、木刀の代わりに竹刀の原型となる道具を使い、小手などの体の一部を守る道具をつけて、稽古の際の怪我を防止しはじめたと言われます。
正徳年間(1711~1715年)
直心正統流の流れを継いだ、直心影流(鹿島神傳直心影流。直心影流薙刀術と直接の関係はないとされる)の山田光徳と長沼国郷(くにさと、通称を四郎左衛門)によって、竹刀、小手が改良され、面の原型が作られたとされます。
剣道事典―技術と文化の歴史― p.111
1994年、中村民雄
国郷は、父・山田平左衛門光徳とともに、道具を工夫・改良し、面・小手・胴・垂を完成させた
宝歴年間(1751~1763年)
一刀流中西派の中西子武(たねたけ、つぐたけ)が、鉄面を装着し、竹具足式の胴を使って、竹刀稽古の元となる、韜袍(とうほう)稽古を一刀流中西派に導入したとされます。
一刀流兵法韜袍起源
1861年(文久元年)、文:中西子正、出版:高崎藩士津田明馨
夫ソレ一刀流兵法ハ、(...)無為無心ノ体ヨリ、敵ノ業ニ随イテ太刀ハ自然ニ働クナリ。当流兵法ニ、敵ニ勝ツコトヲ修行セズ、専ラ我ニ当ラヌ事ヲ慥タシカニ知レバ、敵ニ勝ツ事ハ自ラ其中ニ備ル也。
天保年間(1830~1840年)
大石神影流の大石進種次が、突きへの安全性が高い横金13本の鉄面、竹腹巻、半小手、また現在の竹刀に近い四つ割り竹刀といった道具を使い始め、現在の剣道具の基礎になったと言われています。ただしこの頃、竹刀打ち込み稽古を行う8流派(一刀流、直心影流、鏡新明智流、柳剛流、新陰流、義経流、浅山一儀流、神道無念流)の内、面と小手は全流派で使用されていても、竹具足(胴)を着用する流派は半分の4流派(一刀流、直心影流、柳剛流、義経流)だけだったとあり、規格もまだ統一はされていませんでした。
神道無念流剣術心得書
1830~1840年(天保年間)、武藤七之介
安政年間(1854~1860年)
幕府が武芸訓練機関として設置した講武所により、竹刀や面、竹具足のある程度の規格統一が行われ、ようやくこの頃から、流派を超えて同じような物を使用するようになり始めたようです。
明治中期(1880年代)
明治以前は剣術の道具は「防具」とは呼ばれず、道具、具足、竹具足と呼ばれていたというのが通説です。「陸軍剣術教範」の初版に、初めて「防具」の記載が確認できますが、これはフランス陸軍教本の翻訳であったため、防具という言葉がこの時期にすでに使われていたかは不明です。しかし、後に改定された際、実際に剣道の「防具」を訓練に使用するように指定されているので、この時期から「防具」の用語が使われるようになったのではないかという説があります。
陸軍剣術教範
1889年(明治22年)
剣術教範改 定
1894年(明治27年)
昭和初期(1930年代)
第二次世界大戦以前、薙刀でも試合稽古が存在し、現在の形状とほぼ同じ脛当を着けていた事が確認されています。ただし、この時期の試合稽古は薙刀対剣術であり、その際は剣術側も脛当を使用していました。「大日本薙刀道教範」で写真を見る事が出来ます。この時代の脛当は黒漆を塗らず、竹をそのままつけていました。
大日本薙刀道教範
1939年(昭和14年)、著:美田村邦彦
第二次世界大戦後(1945年~1951年)
戦後は武道が禁止されたため、剣道は撓競技(しないきょうぎ)となり、防具は代用品の使用が必要になりました。薙刀はこの期間、基本的に稽古することが出来ませんでした。
全日本剣道連盟創設(1952年)
剣道復活を経て、防具が再び正式に剣道具として使用されるようになりました。
全日本薙刀連盟発足(1955年)
ここまで、薙刀は剣道連盟の一部として活動が行われていましたが、薙刀連盟として独立する事になり、なぎなた防具の基本的規定もここで制定されることになりました(連盟名は後にひらがなの「なぎなた」に変更されます)。
面
面は、頭部と咽喉部の保護具です。
面防具と呼ばれることもあります。
剣道用の物をほとんどの場合はそのまま使用できますが、細部で違う規格もあるため、できればなぎなた専用の物を用意してください。
昔の兜は一頭(ひとかしら)、一刎(ひとはね)と数えていましたが、面防具の数え方はあまり定着しておらず、一つと数える事が多いようです。
構造
面は、面金に内輪と顎を付けた後、一枚の面布団を丸めて面縁と閂で縫い付けて作り上げています。
面乳革で面金と面紐を繋いで、面紐で面を結べるよ うにします。
面金
面金(めんがね)とは、金属の格子で顔を保護する部分で、顔の膨らみに沿うような湾曲した形状になっています。材質としては、鉄、洋白、軽合金、チタンなどがあります。 外周の赤い部分は台輪と呼ばれ、多くは漆な どで赤く塗られています。これは、昔の錆止めの名残だとも、赤が視野を広げる効果があり、面金を通して相手を見ても中の相手の顔が良く見えるようになるからだとも言われています。台輪は藍色や黒の事もありますが、一般的には赤が推奨されています。
金属の格子は、中金(縦金、中ひご)が縦方向に1本、横金(横ひご)が横方向に、子供用は13本以下、大人用は14本、頭が特別に大きい方用の特注品では15本で構成されています。横金の間隔は、突きの事故を防ぐために、剣道の竹刀やなぎなたの切っ先が絶対に入らない幅であることが必須になっています。
物見
物見(ものみ)とは、面金の6本目と7本目の間の事です。他の間隔と比べてほんの少し広くなっていて、この部分に目線を合わせて視界を確保します。
子供用は5本目と6本目の間になっています。
面縁
面金と面布団の接続部を覆う部分は面縁(めんふち・めんぶち)と呼ばれ、通常は水牛の革が用いられています。
内輪
内輪(うちわ)とは、面の内側にある、面金を取り巻くように土手状になった部分の事です。
顔に直接あたる部分で、木綿・ビロード・シルリード・テトニット(抗菌素材)などが使用され、基本的には他の部位よりも柔らかく、なめらかにされています。
額に当たる部分を天(てん)、顎を乗せる部分を地(ち)と呼びます。
面布団・刺し子
面布団(めんぶとん)・刺し子(さしこ)とは、肩から頭頂部までの部分の事です。藍染めの木綿生地は紺反(こんたん)と呼ばれ、糸で刺繍して強度を作っています。
布団部分は、仕立て方法(番手、芯材、刺繍の間隔、手刺し、ミシン刺し、織刺しなど)により、性能や値段に大きな違いがでます。
頭頂部の面布団は、面の打撃を受け止める大事な部分です。
面垂れ
面垂れ(めんたれ)とは、面布団から肩に伸びている部分の事です。
なぎなたでは、面垂れ部分はナナメ刺しで、肩幅よりも長すぎない短めの物を使います。半身で左右に顔を振ることが多く、機動性を確保するために剣道面とは別基準になっていますが、最近では剣道でも動きやすさを追求して、なぎなた面を使用する方もいるようです。面を初めて使用する際は、面垂れはまっすぐで折り目がついておらず、動きに制限がかかるかもしれません。自分の体形に合わせて、しっかり折り目をつけましょう。
現在では残念ながらほぼ存在しませんが、過去には垂れの後方は肩を保護するために長いまま、前方のみが短くなっている物がなぎなた専用に作成されていたようです。
また、面垂れの後方下部には、角革(すみかわ)・飾り革(かざりかわ)という、相手とすれ違う際に面垂れが擦れて壊れないように補強している革が施されている事もあります。
突き垂れ・顎・顎垂れ
突き垂れ(つきたれ)・顎(あご)・顎垂れ(あごたれ)とは、面金の下にある、突きを受ける部分の事です。
突き垂れの内側には、内垂(用心垂れ)がある二重構造になっていて、衝撃を出来るだけ和らげるように強固になっています。刺し子が他の部分よりも入っている事や、特別な意匠になっている事もあります。銃剣道では幅の広い垂れを使いますが、なぎなたでは剣道の突き垂れと同じ幅の物を使います。
現在なぎなたでにおいての突きは、突き垂れに対する、切っ先による技のみが有効となっていますが、1990年代までは石突による突きも有効でした。刃部側の竹部からの突きと比べて、石突側の木部からの突きは衝撃が強く、当時は対策としてなぎなた用の面では突き垂れの追加補強が 行われていた事もあるようです。現在でも異種試合などでは石突きによる突きの使用許可が下りる事があります。異種試合や上級者同士の稽古で石突による突きの機会がある方は、突き垂れの強度にも注意を払った方がいいでしょう。
閂
閂(かんぬき)とは、面布団と突き垂れを繋いでいる部分の事です。 閂を閉じる部位には
